©ダイヤモンド社/北野唯我
【書評】天職なんて幻想を追い求めるな。
概要
この本は私が今まで読んできた中で、ベスト5に入るほどに面白い本です。
社会人一年目に同期が転職したことをきっかけに読んだのですが、間違いなく私の仕事に対する考え方に影響を与えました。社会人なら必読の一冊です。
なぜなら、多くの日本人はこんな悩みを抱えているからです。
- 好きなことを仕事にしろって言われるけど、自分の好きなことが分からないんだよなあ。
- こんなに残業してまで仕事を頑張る意味があるのか。
- 自分はこのまま今の会社にいても大丈夫なのかな。
社会人になってから、私は上に挙げたような悩みに苦しめられていました。仕事を辞めたいと思うほど、追い詰められているわけではありません。しかし、入社してから一年経っても、自分が思っていた以上に仕事ができるようになっていないことに気づき、人生への焦りや迷いが生まれ始めました。
「家族と遠く離れてまで、今の仕事を続ける意味があるのか」
「このまま成長できないままだったらどうしよう」
「そもそも、今の仕事好きじゃないんじゃないか」
というマイナスな思考が抑えられなくなっていたんです。仕事が大事なものだと理解はしているものの、自分の仕事を愛することができない自分に嫌気が差していました。
そういった時期に、この本に出会えたのは幸運でした。私が抱えていた悩みを全て解決してくれたのです。正に、今私が進むべき道を明確に示してくれるものでした。著者の北野さんには心から感謝を伝えたいです。
ストーリー
この『転職の思考法』では、二人の登場人物が中心になります。
・業績の悪い会社員をなんとなくやっている青野さん
・敏腕コンサルタントの黒岩さん
青野さんは私と同じように、将来への漠然とした不安を抱えています。転職しようかどうか悩んでいる青野さんは、知人から黒岩さんを紹介されて、転職に向けて実際に行動し始めます。
主人公・青野さんの行動を追うことで、実際の転職活動には何が必要なのかを、一つ一つ知ることができます。
青野さんは、自分に適合した会社に転職することができるのでしょうか?という物語です。
転職のために何より必要なのは、自分がどのように会社を選べばいいのか、という判断基準です。知識でも経験でもありません。
この判断基準というものが、タイトルにもある「転職の思考法」です。「思考法」なんて言葉を聞くと難しそうに感じますが、本書の中でとても丁寧に説明されますので、一読すれば十分理解できます。
そして、この考え方は社会で生きていく上で、絶対に知っておいた方がいいものです。
転職は、“悪”か?
多くの人にとって、転職にはあまり良いイメージを持っていないかもしれません。一度自分で選んだ会社を辞めるなんて情けない。会社の仲間に迷惑をかける裏切り行為だ。そんな風に思っている人もいるのではないでしょうか?
私にも、新卒として入社した会社を10ヶ月で辞めた友人が居ます。その話を聞いて、私の両親は心配になったそうですが、私自身はそんな気持ちにはならなかったです。終身雇用が崩壊した現在、一つの会社にしがみつくことの方がよっぽど危険だからです。
「転職は悪」という考えこそ、時代遅れの老害思考であることは、皆さんもご存知ですよね?
とはいえ、「会社辞めたい」なんて愚痴をSNSに投稿しているくせに、なんだかんだで安定した今の仕事を続けている人の気持ちも、よく分かります。私も、今の働き方に不満を持っていながら、仕事を変えられずにいます。転職という、人生の大きな決断に踏み切ることが、未だにできずにいます。
『転職の思考法』では、なぜ転職することが「怖い」と感じるのか、という説明から始まります。
それは、転職が初めての意思決定だからです。
私達は日本という非常に恵まれた国に生まれたことで、良くも悪くも、周りに流されて生きていきました。
いい大学に入ったほうが将来のためだから、有名企業に入ったほうが安泰だから、そういった「世の中の常識」という名のレールにずっと乗っかってきたんです。今まで私達が行ってきた意思決定は、ほとんどが自分で考えて決めたものではありません。世間や、周囲の目といった常識に従った結果です。
もちろん、常識に従うことは決して悪いことではありません。ですが、そうやって周りに流されてばかりいると、転職という本当の意思決定をするときに、大きな障壁になります。自分から何かを捨てる初めての決断だから、転職は怖いのです。
本書では一貫して転職は“善”だと言い切ります。悪いことではなく、むしろ良いことだというのです。
私は転職が悪いことだとは思っていませんでしたが、ここまで前向きなものと論じている意見に初めて出くわしたので、衝撃でした。物語の中で、コンサルタント・黒岩はこう言います。
「転職を悪とするのは、努力を放棄した人間の言い訳だ。人間には居場所を選ぶ権利がある」
転職したくてもできないのではなく、いつでも転職できる優秀な人が、それでも転職しない会社。それが組織にとって本当の理想です。転職が当たり前の時代というのは、個人にとっても、会社にとっても正しいこと。だから、転職は“善”なのです。
転職の思考法とは
一言でいうと、自分の市場価値を上げなさいということです。
勤めていた会社が突然倒産したとして、次の日から食べていける人と食べていけない人。この違いは何でしょうか?
本書の中では“上司"を見て働いていたか、“市場"を見て働いていたかの違いと表現されています。まずは自分を「商品」と考えて、自分のマーケットバリューを理解する。これが転職の思考法を身につける第一歩です。市場価値は、次の3つの掛け算で決まります。
- 技術資産
- 人的資産
- 業界の生産性
技術資産
これは「専門性」と「経験」に分解できます。その上で、20代では「専門性」を身につけることを本書では推奨しています。
「専門性」は学べば自分から取得でき、「経験」は自分でコントロールできるものではないからです。専門性の高い社員ほど、貴重な「経験」を得られる仕事が回ってきます。言われてみれば当たり前の話なのですが、大事な考え方です。
人的資産
分かりやすく言うと「人脈」です。ただ、私は「人脈が大事」なんて言う人は軽蔑しています。
以前ア●ウェイの勧誘を受けたことがあって、そのスカウトマンがやたら自分の人脈自慢をしてくるような人だったんです。彼の話を聞くたびに、「お前自身は何も凄くないんだけどな・・・」という残念な気持ちになりました。彼は自分より4つ年上でしたが、食事は毎回割り勘でしたね。
ちょっと話が脱線しましたが、要するに「信頼できる人間をより多く周囲につけろ」ということです。ただし、優秀な人に群がるのではなく、自分自身に市場価値があることが前提です。人脈は40代以降で特に重要になります。会社の経営陣とか、意外と同期で固まっていますよね。
業界の生産性
意識していない人はいないと思いますが、今の時代では非常に大事な考え方です。
世界は、テクノロジーによって急速に変化しています。そんな時代で、今どき「ポケベルの使い方を世の中に広めよう!」とどんなに頑張っても、広まらないですよね。皆がもっと便利なスマホを持っていますから。
スキルやコミュニケーションの能力がいくら高くても、そもそもが衰退産業であるなら、どんなに頑張っても市場価値は上がりません。ちょっと理不尽かもしれないですが、世の中ってそういうものでしょう。
人間が元々持っている才能だって、不平等じゃないですか。そして、才能は不平等かもしれませんが、自分が選択できるポジショニングは平等です。これが大事な考え方です。
これから伸びる業界を見極めましょう! そこにいるだけで、自然と市場価値は高くなります。
理想的なキャリアとは、この掛け算の総和を大きくしていく行為です。青野さんはこれらの考え方に基づいて、転職先を絞っていきます。そして最後に、最大の難問にぶつかります。
「君は何がしたいのか?」
黒岩さんのこの質問に、答えることができなくなってしまいます。「自分の好きなこと」って一体、何なのでしょう?
好きなことが分からない病
私や青野さんを苦しめていたのは、この病気でした。多くの人が職業選択を自由にできるようになったことで、「好きなことで生きていく」なんてフレーズができましたね。多くの社会的成功者がこんなことを言います。
「好きなことだけやればいいんだ。」
「好きなことが分からないというのは、考えることが足りないんだ。」
「好きなことを死にものぐるいで見つけろ」
こういう言葉を聞いたときには、ああそうかと思い、紙に自分の好きなことを書き出して見るのですが、職業のイメージとどうしても結びつきません。この結びつかないということが、正に「考えることが足りてない」状態なのでしょう。
しかし、やってみて気づいたのです。
私には自分が心からやりたいこと、これだけは死んでも成し遂げたいということが、全くないということに。考えてみれば当然のことで、そんなものがあるならとっくにやっています。
こういった成功者との思考のズレに気づくほど、暗い気持ちになりました。命を懸けられるほどの天職につきたいと思っているのに、私はそれが何なのか、どうしても分からなかったのです。『転職の思考法』では、この問に明確な答えを出してくれます。
それは、自分が心からやりたいことなんて必要ないということです。『転職の思考法』では仕事を楽しむ人間には2種類いると定義しています。
to do型:明確な夢や目標を持っている。
being型:どんな状態でありたいかを重視する。
ここで重要なことは、世の中のほとんどの人はbeing型の人間だということです。
世の中に溢れている「心からやりたいことをやれ」という成功哲学は、ほんの一部の、to do型の成功者が書いたものです。つまり、成功の方法論が全く違うのです。
確かに、自分にとって明確に好きなことがあるというのは素晴らしいことです。ですが、明確に好きなことがないからといって、悲観する必要はありません。好きなことが要らないのではなく、「心からやりたいこと」なんて必要ないというのがポイントです。
この考え方を知って、私は救われたような気持ちになりました。我々being型の人間が考えなければいけないのは「自分がやりたいこと」ではなくて、「自分の状態」です。
- 自分の能力は信頼できるものか。
- 環境に対して適切な強さになっているかどうか。
それが仕事を楽しむための基準です。この「能力」や「強さ」といったパラメータが、まさに“市場価値”になります。
市場価値を高めること、市場価値と求められる仕事のバランスが釣り合っていること。それが、私達にとっての“天職”に必要な条件です。
自分の身の丈にあった環境で、自分が苦に感じない仕事をして結果を出せたなら、それで十分なんです。それがいつしか、本当に自分のやりたいことに変わっていくからです。
自分に「ラベル」を貼ろう
市場価値を高める方法として、『転職の思考法』では最後にこう教えられます。自分にキャッチコピーをつくれ、と。これは質や量に拘る必要はありません。なんでもいいから、理想の自分をつくってみるんです。
- 語学堪能で世界中の人とコミュニケーションできる。
- プログラミングのプロフェッショナル。
とか。仮でも、嘘でもいいから自分はそういった人間なんだと、ラベルを貼る。そうすると、どうなるか?
自分のやるべきことが絞られます。仕事を選ぶ際の判断軸になります。
やってはいけないのが、「自分が本当に適した仕事って何なのだろう」といつまでも答えの見つからない自分探しをしてしまって、結局何もやらないことです。
やってみて「違うな」と分かったなら、またラベルを貼り直せばいい。後から言ったことを変えるなんて、ずるいのでは?と思われるでしょうが、構いません。意思決定を何回もすることは、悪いことではありません。人の価値観や考え方といったものは、生きていれば変わっていくのが普通です。
そして、せっかくなら、単純に市場価値を高めるためではなく、自分がワクワクするようなラベルを自分に貼りましょう!そうなるための努力や勉強は苦に感じないから、強いのです。
最後に
この本を読み直したきっかけは、つい最近になって「今年中に転職しよう」と決めたからです。社会人3年目に突入し、いろいろな人を見てきて、ある程度の経験もさせてもらいました。その上で、環境を変えるタイミングかなと思いました。
今の仕事を続けることも、人生の選択として間違いとは思っていません。ただ、もっとワクワクするような仕事や、自分の力でより多くの人の助けになれるものがあるんじゃないか、という気持ちが抑えきれなくなったのです。
転職は初めての経験ですから、どうしても不安な気持ちのほうが強いです。ですが、『転職の思考法』を読んで改めて、初めて読んだときの高揚感が蘇ってきました。コンサルタント・黒岩さんは青野さんにこう言い残します。
「腹を括れ」と。
私にもそのときが来ました。
紹介した本
『転職の思考法』 著:北野唯我
オススメ度:★★★★★
※社会人なら必読の一冊。読んで損することは絶対にない。