【マンガ】青春の輝きに滅ぼされる殺人的群像劇。『この音とまれ!』

2022年5月1日

引用:『この音とまれ!(1)』 ©アミュー

【書評】「この音」というより、読者の心臓が止まりそうになる。


 

はじめに

はぁ……。

いつものように始まって、いつものように終わる日常……

朝起きてから会社行って、いつものように仕事して、仕事が終われば、自分の家に帰る。

毎日毎日、同じパターンの繰り返し……。

引用:『牧場物語 ミネラルタウンのなかまたちforガール

 

私が子どもの頃に遊んでいた『牧場物語』というゲームの冒頭で、こんな場面があります。

生々しくて嫌になりそうですが、最近の私は、本当にこんな感じの生活を続けています。

新しいことを始めてみたり、好きな人と恋愛してみたり、何かに夢中になったり・・・してねぇなあ・・・。

 

すっかりくたびれてしまった人生に潤いを取り戻すべく、今回は超王道の青春漫画の紹介をします。

和楽器の一つである“箏”をテーマにした、学園モノの少年漫画、『この音とまれ!』です。

『ジャンプスクエア(集英社)』で連載中、現在は単行本で26巻まで発刊されています。

 

公式サイトへ移動

 

このマンガを一言で表すなら、“文化系スラムダンク”。

もっといえば、スラムダンクで扱っている題材がバスケットボール → 琴になったマンガ。

そう考えてもらっても、大きく間違ってはいないです。

 

私がこの作品を通して皆さんに伝えたいことを、最初に書きます。

ココがポイント

何かに夢中になれるって、それだけで素晴らしいし幸せなこと。琴だけに

 

一つだけ注意事項をお伝えすると、物語に満ちている「青春感」がハンパないです。誇張抜きに人を殺傷できるレベルです。

特に、学生時代にこういう眩しい青春を経験してこなかった、童貞歴が長い読者にとっては、心に深刻なダメージを受けます。

高校〜大学時代を「高専」という名の魔境で過ごした私は、このマンガに軽く10回は殺されています。

 

心の準備は出来ましたか? では、早速はじめていきましょう!

 

 

この音とまれ!

本来だったら、ストーリーを紹介するのがいつもの流れではあるのですが、今回はほとんどしません。

何故かというと、『この音とまれ!』のストーリーって、ほぼ『スラムダンク』だからです。

【マンガ】バスケ漫画の金字塔。『SLAM DUNK』 バスケットは好きですか?

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要するに、弱将校の箏曲部に不良系男子と、超上手い一年生が入部して全国制覇を目指す!

ーという、部活動もののテンプレートのような作品なので。

 

他に『スラムダンク』との類似点を挙げるなら、こんな感じです。

  • 桜木軍団みたいな3バカがいる。(こいつらも箏曲部に入部する)
  • 水戸洋平ポジションの親友もいる。(こいつは入部しない)
  • 顧問の先生が実は超有能。(こいつはタプタプできない)

 

パクリじゃねーか!

・・・という意見も分かります。分かりますが、私は「面白ければそれでいい」と、好意的に捉えています。

 

『スラムダンク』は「部活動」を扱ったマンガの、一つの完成形だと私は思っています。

そのシステム・設定を土台にして、新しい作品をつくるというのは、一つの戦略として考えれば「アリ」なのかなーと。

「パクリ」だの何だの気にしていたら、新しい作品なんて生まれないですよ。

 

そういった寛大な心を、読者には持っていて欲しいと私は思います。

面白ければ、それでいいんです。

 

 

メインキャラクター

引用:『この音とまれ!(1)』 ©アミュー

引用:『この音とまれ!(2)』 ©アミュー

引用:『この音とまれ!(3)』 ©アミュー

 

『この音とまれ!』の主人公は、1巻の表紙を飾っている久遠 愛(くどお ちか)という金髪の少年。

・・・ですが、マンガとしては「箏曲部を舞台にした“青春群像劇”」である為、エピソードによって主役となる人物が変わります。

 

とはいえ、基本的に物語のメインとなるキャラクターは、上の画像の3名です。

  1. 札付きの不良少年だった、久遠 愛(くどお ちか)
  2. たった一人の箏曲部の部長だった、倉田 武蔵(くらた たけぞう)
  3. 琴の名家出身の跡継ぎだった、鳳月 さとわ(ほうづき さとわ)

 

『スラムダンク』で例えると、花道、木暮(メガネ)くん、流川です。

この説明を友人にしたところ、「さとわちゃんは晴子さんじゃないのかよ!」と、ツッコまれました。

読んでもらえれば分かると思いますが、さとわちゃんは流川です。晴子さんではないのです。

 

ちなみに、ゴリポジションのキャラクターはおりません。

これでゴリに該当するキャラクターまで出てきたら、それはもう『スラムダンク』です。

 

・・・こんな説明で読者の方に伝わったとはとても思えませんが、ここからは作品の魅力を3つに絞って紹介していきます。

 

作品の魅力

1:琴・演奏の描写が凄まじい。

作者のアミュー先生が琴の家系で育っているので、描写が本格的です。

2:登場人物が全員、爽やかで前向き。

少しづつ琴に対して真剣になっていく様子、高校生の瑞々しい恋愛など、「青春」を感じさせます。

死にたくなりますね。

3:最高に少年漫画している。

琴が題材で、少女漫画チックな絵柄だけど、主軸は「友情・努力・勝利」の少年漫画であり、キャラクターの成長が中心。

 

 

1:琴・演奏の描写が凄まじい。

皆さんは「琴」を演奏したことってありますか?

私は皆無です。というか、触ったことすらありません。日本国民の大体の人が、そうではないでしょうか?

 

琴の曲自体、正月にやたら流れている「春の海」くらいしか知りません。

 

参照リンクはこちら!

Japanese Koto 春の海/Haru no Umi (Spring Sea) Composer/作曲者 Michio Miyagi/宮城道雄

 

そもそも「琴」という和楽器が私たちの日常の動線に無い為、中々とっつきにくい印象を受けると思います。

何となく「〜ですわ。」とか言いそうな、品のいいお嬢様がやっているイメージがありますよね。

静かで、上品で、お淑やかな楽器・・・というのが、多くの人が持っている認識ではないでしょうか?

 

ところが、実際の琴の演奏って・・・激しいんですよ。

作中で描かれた演奏の中で、下の描写が1番伝わりやすいかなと思います。

 

演奏シーン

引用:『この音とまれ!(12)』 ©アミュー

引用:『この音とまれ!(12)』 ©アミュー

 

迫力が凄まじいですよね?

画像だけではイマイチ伝わらないという方は、YouTubeに公式がUPされている演奏動画もありますので、是非ご参照ください。

 

参照リンクはこちら!

この音とまれ! 作中オリジナル楽曲「龍星群」

 

制作背景

紹介した動画で、「オリジナル楽曲」というところが気になった方がいるかもしれません。

この音とまれ!』の作者であるアミュー先生は、箏曲家の家系に生まれ、母親が琴教室の主宰、姉はプロの演奏家という・・・凄まじい血統です。

 

作中でも様々な箏曲が登場しておりますが、その中には本作オリジナルの曲も含まれてます。

主人公たちが演奏する箏曲は、ほとんどが本作オリジナルの箏曲であり、その作曲はアミュー先生の母・姉が担当されております。

 

Wikipedia:アミュー

 

アミュー先生自身も幼少期から琴に触れていた経歴があり、その知識・経験が作品に活かされています。

主人公たちが演奏でつまづく箇所などは、指導経験のある身内からアドバイスを貰う等、音楽的な描写がとても本格的です。

 

私にはそういった音楽的知識が全く無い為、作中でどの程度深く描写されているかは分からないですが、

少なくとも「ちょっと齧った程度では描けない。」と感じさせる表現が随所に見られます。

 

 

2:登場人物が全員、爽やかで前向き。

『この音とまれ!』に登場するキャラクター達は、基本的に第一印象が良くないパターンが多いです。

「良くない」どころではなく、キャラによっては「最悪」です。

 

悪役ヒロイン

例を挙げると、箏曲部に途中入部する「ヒロ先輩」は、登場当時は「女のクソな部分を煮詰めて抽出した」ような性格をしており、

(※個人の感想です。)

作者のアミュー先生自身、「予想を遥かに超えて読者から嫌われてしまい、心配になった」と発言する程です。

 

そんなイヤな女だったヒロ先輩ですが、彼女の存在によって、部長の武蔵くんのキャラが一気に引き立つことになります。

改心してからは、真面目に箏曲部の活動に取り組むように。そして、部活の仲間のことを、誰よりも大切に想う人物として描写されます。

 

参照リンクはこちら!

【この音とまれ!】来栖妃呂というデレると超絶可愛くなるヒロイン

 

この辺りの話を読んでいたときは、ここまで最初の印象が変わるものかと驚きました。いわゆる「ギャップ萌え」ってヤツですね。

作中でもトップクラスで、大化けしたキャラクターではないでしょうか。

 

青春シーン

ヒロ先輩に限らず、作中に登場するキャラクターは基本的に、誠実で真面目です。

  • 箏曲部の部員となったキャラクター達が、琴・演奏に対してひたむきに取り組む。
  • 仲間に対して掛ける優しい言葉。
  • 仲間の足を引っ張りたくないと、自分なりに努力を重ねる。

こういう姿を見ると、「コイツら、何て眩しい青春してやがる・・・」という気持ちになり、自分も現状に腐らず、頑張らなきゃなって気持ちにさせられます。

 

引用:『この音とまれ!(4)』 ©アミュー

引用:『この音とまれ!(6)』 ©アミュー

 

上の場面のような、「そのキャラクターが最も掛けて欲しい言葉」を、他のキャラクターが言ってくれる場面が、非常に印象に残ります

社会人の読者にとっては、読んでいて小っ恥ずかしくなるような、真っ直ぐな気持ちを伝える場面が多いですが、イヤな気持ちにはならないんですよね。

そこのバランス感が作品の魅力です。

 

恋愛描写

物語で描かれる恋愛要素も、作品の魅力になっています。

「このマンガに恋愛要素いらねえだろ・・・」

と、ウンザリすることもある私ですが、『この音とまれ!』で描かれるラブコメは楽しんで読めています。

 

作中のキャラクターがお互いの事情を知り、演奏を重ねていく内に、徐々に信頼を寄せていく場面。

そういった描写の積み重ねが丁寧なので、段々と惹かれていく様子が自然に受け入れられます。

 

恋愛色も強い作品なので、男性だけでなく女性にも勧めやすいですね。キュンキュンします。

 

引用:『この音とまれ!(8)』 ©アミュー

引用:『この音とまれ!(11)』 ©アミュー

 

引用:『葬送のフリーレン(4)』 ©小学館

 

打算とか駆け引きとか、そういった損得勘定が一切ない、極めてピュアな恋愛なので、読者が純粋に応援できます。

 

『スラムダンク』の主人公:花道も、最初は晴子さんにモテたいからバスケを始めるわけですが、

花道の目標が「好きな子と登下校を共にする」というピュアなものだから、不快感なく読めますよね。

これで花道の目的が、「女にモテまくってヤリまくる」とかだったら、皆スラムダンクのことが嫌いになります。スラムファ●クになってしまいます。

・・・何を言っているんだ、私は。

 

 

3:最高に少年漫画している。

恋愛色が強いと書きましたが、作品の根っこにあるのは「友情・努力・勝利」の少年漫画です。

その軸がブレることはありません。

 

引用:『この音とまれ!(9)』 ©アミュー

引用:『この音とまれ!(8)』 ©アミュー

引用:『この音とまれ!(9)』 ©アミュー

 

“琴”をテーマに、少年少女の成長する姿が、とても分かりやすく描かれています。

その時その時で自分たちに出来ることを真剣に考え、真摯に練習を積み重ねていきます。

その全てをたった一つの演奏にぶつけ、披露する場面は、『スラムダンク』並みにアツいです。

 

引用:『この音とまれ!(7)』 ©アミュー

引用:『この音とまれ!(7)』 ©アミュー

 

作中の台詞では、こう表現されています。

琴が難しいとか とっつきにくいとか そんなもん飛び越えたー

高校生たちの青春のぶつかり合いだ

 

部活動のマンガは大体そういうものですが、「琴」を題材にここまでアツい作品を描けるというのが、凄いことだと思います。

 

 

統括

『この音とまれ!』を読んだ感想として、よく見かけたのが

「琴の楽曲なんて、このマンガがなかったとしたら一生聴くことがなかったと思う」

というものでした。本当にその通りだと思います。

 

先述した通り、私も琴の楽曲なんて「春の海」しか知りませんでしたし、演奏を聴こうと思うことすらありませんでした。

『この音とまれ!』を読んで、初めて琴の演奏を見てみて、自然に思った感情が、

琴って、こんなに迫力があってカッコいいものなんだな

・・・という気持ちです。

 

作品を通して、「自分の知らなかった世界に触れることが出来る」というのは、純粋に楽しい経験です。

人生がより豊かなものになります。

 

引用:『この音とまれ!(4)』 ©アミュー

 

作中の描写では、演奏が上手くいく学校だけではなくて、失敗してしまう場面もあります。

大会に出場したある高校の生徒が、

「私も もっとちゃんとがんばればよかった

きっと 私にだってやれることは沢山あった・・・!」

と後悔するシーンは、部活動をやっていた人たちには、特に突き刺さる場面だと思います。

 

大事なことは、何かを始めるのに今からでも遅くはない、今からでも輝ける。・・・という事実に、気づくことです。

意味があるとかないとか、役に立つとか立たないとか、そんなことを考えずに、

何かに夢中になって全力で楽しむ姿は、輝いて見えるものです。

 

 

紹介した作品

この音とまれ!』 著者:アミュー

 

 

  • この記事を書いた人

イナ

本業は設計者。29歳。書評とコラムを発信する、当サイトの管理人。気ままに記事を更新します。日課は読書と筋トレ。深夜ラジオとADVゲーム好き。

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