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【書評】生きるとは何か? 宇宙とは何か? 愛とは何か?
『プラネテス』の解説
2022年1月から、Eテレにて毎週日曜夜7時、名作SFアニメ『プラネテス』が再放送されることが発表されました!
私は社会人1年目でこの作品を見たのですが、かなり影響を受けましたし、日々の仕事への励みにもなりました。
自宅のテレビはケーブルを抜いてしまっているので、現状見ることは出来ませんが、この作品の為にケーブルを繋ぎ直そうかと考えてしまう程です。
それを記念して、今回は『プラネテス』を全く知らない人に向けて、私なりに作品の解説をさせて頂きます。
原作であるマンガを中心に解説し、アニメ版との違い等についても紹介します。
こんな方におすすめ
- 宇宙を舞台にしたSF作品を読みたい。
- 哲学的な要素が入っている作品が好み。
- 面白いヒューマンドラマが描かれる作品を知りたい。
『プラネテス』は、宇宙をテーマにしながら「生きること」について描いている作品です。
では、早速はじめていきましょう!
紹介
原作となるマンガ版は、週刊誌『モーニング』で1999〜2004年まで隔週連載されました。単行本で全4巻。
お話としては、とても短く収まっています。ただ、1話ごとの密度が高く、全4巻とは思えない程に重厚な物語です。
宇宙開発が進むごとに深刻化される「宇宙ゴミ」の問題。
その回収業者である青年を主人公とし、主人公や周囲の人物がそれぞれの立場で苦悩しながら、それでも懸命に生きる姿を描いています。
2003年には、原作1〜3巻までのストーリーを基にしたアニメがNHK BS2にて放送され、高い評価を得ました。
日本で最も古いSF賞とされる「星雲賞」を、原作・アニメでダブル受賞しており、これは『風の谷のナウシカ』以来の快挙とされています。
あの『宇宙兄弟』の作者である小山先生も、連載前に「読者から『プラネテス』と比較されるので、『モーニング』では連載したくなかった」と発言されている程です。
何が言いたいかというと、名作確定。観る以外の選択肢はありません。
ストーリー
時代は2075年ー。
人類の宇宙開発は進み、月面での資源開発、火星に実験施設をつくる段階にまで到達していた。
もはや、宇宙の資源なしでは世の中が回らないほどになっていた。
高度旅客機は毎日のように、地上と宇宙ステーションを往復している。そこで多くの人々が仕事をし、それぞれの生活を営んでいる。そんな未来の世界。
宇宙開発は人類に恩恵を与えるだけではなく、様々な諸問題を誘引させていた。
特に問題視されているのが、過去の衛星やロケットの残骸により生まれる「スペースデブリ」だった。
人類の営みと共に増え続ける宇宙のゴミは、社会問題と呼べるほどに深刻な課題となっている。
主人公の星野八郎太(ハチマキ)は、そんな宇宙のゴミを回収する作業員。
いつか、自分の宇宙船を購入して自由に飛び回る生活を夢見ながら、日々の仕事に埋もれていきそうな現実を憂いていたー。
デブリ
『プラネテス』のキーワードとも言える、宇宙で発生したゴミのことです。
これは決して架空の世界の出来事ではなく、私たちの現実でも実際に発生している問題です。
このスペースデブリを除去することを事業にした、日本のベンチャー企業も存在しています。
参照リンクはこちら!
「宇宙はゴミだらけ」――NASAもお手上げの「宇宙ゴミ」回収に挑む、日本人起業家の奮闘
衛星の破片、細かなネジ類などが真空の宇宙空間で放出され、軌道に乗ってしまった場合、地球を周回し続ける「スペースデブリ」となります。
そのスピードは秒速7キロ以上とされ、たとえ微小なゴミだとしても、打ち上げた衛星や宇宙船を破壊するポテンシャルを秘めています。
デブリの群れは極超音速の散弾に等しく、誇張抜きに人の命に関わる大問題です。
デブリとデブリの衝突は、また新たなデブリの発生を生み出します。
宇宙ゴミの密度が飽和状態になると、衝突と破壊の連鎖を止める術はなくなります。
これは「ケスラー・シンドローム」と呼ばれるシミュレーションモデル・理論であり、『プラネテス』の作中でも、解説用語として何度か登場していました。
進み続ける宇宙開発と共に、爆発的に生み出されるデブリ。
毎日毎日、拾っても拾っても、デブリが減ることはありません。
それでも回収し続ける人たちがいるのは、家族との生活の為か、自らの大義の為か、それとも仕事に対するプライドか・・・。
スペースデブリを通して、様々な大人の生き方が描かれているのが本作の魅力です。
誰が正しい訳でも、誰が間違っている訳でもない。
『プラネテス』で描かれる物語は、決して善と悪の二元論ではないんです。こういう現実主義的な話が、私は大好きです。
マンガ版プラネテス
あまり具体的なストーリーの解説はしませんが、各巻のあらすじを最初に紹介します。
1巻:ハチマキ、生きる目標を見つける。
デブリの回収を仕事にしている主人公:ハチマキを中心に、未来世界で宇宙に生きる人々の生活が描かれる。
宇宙に魅入られた者、宇宙開発を善としない者、月で誕生した人類ー。
「一歩間違えれば死に直結する危険な仕事の割に、やっていることはゴミの回収という地味な仕事。」
「金のためにやっているだけ。こんなのは今だけ。」
そんなことをボヤきながら、ハチマキは今日も働く。
仕事仲間の協力により、木星系探査の惑星間航行船に搭載される、核融合エンジンに触れたハチマキ。
公募されている木星往還船のメンバーに選ばれれば、今の環境から確実にキャリアアップし、「宇宙船を手に入れる」という自身の夢に近づく。
ハチマキは、一生をこの宇宙で戦い続けるという決意を抱く。
2巻:ハチマキ、足掻く。
木星往還船の乗組員に選ばれる為、人が変わったかのように努力を続けるハチマキ。
船乗りとして、自分の人生を賭けた挑戦に、半ば酔いしれていた。
人間の腹の底には、宇宙を切り拓くエネルギーが隠されていると信じてー。
デブリ回収業者を退職し、試験に志願したハチマキ。
テストは順調に合格していくが、自分のこと以外が段々と目に入らなくなっていく。
孤独、苦痛、不安、後悔、それらを自分一人で抱え込もうとするハチマキ。
独りで生きて独りで死ぬんだ。それが完成された宇宙船員だ!
搭乗員試験に無事に合格したハチマキだったが、「オレには必要ない」と切り捨てた仲間たちが、自分の中から消えてくれない。
自分のやってきたことは、何か間違っていたのか? ハチマキの苦悩は続く。
3巻:ハチマキ、悟る。
あれほど羨望した、木星往還船の乗組員として選ばれたにも関わらず、生気を失ったような顔を見せるハチマキ。
今までの駆り立てられるような焦燥感、自分に抱いていた怒りすらも消えてしまった。
無感情に、淡々とミッションの訓練をこなす日々。
自分とは何者か?
宇宙とは何なのか?
これまでの価値観が一変したハチマキは自己との対話を繰り返す。物語は哲学的な方向へとシフトしていく。
自分の思いを確認する為、地上に降りて後輩のタナベに会いにいくハチマキ。
そして、「どこへ行っても必ず生きて帰ってくる」という約束をする。
4巻:それぞれの未来ーハチマキがたどり着いた答え。
主人公であるハチマキのお話は、3巻で一区切りついた。
最終巻では、これまでの物語に登場した人物の、その後の様子が描かれる。
メインとなるのは、ハチマキの仲間だったフィーの視点の話。
軌道機雷を扱った戦争が始まり、デブリ回収業者として無視をしないと決めた彼女は、かつての子供時代の記憶を思い出していた。
そして、木星に旅立ったハチマキの生活が最終章で語られる。
木星に到達したとき、彼が伝えるメッセージとはー。
解釈
物語の途中までは「独りで生きるんだ!」と大見え切っていた主人公。
そこから考えを転向し、「独りじゃないから生きていけるんだ」と気づくシーンが、『プラネテス』で伝えたかったことなのかな・・・と、個人的には思っています。
作中でも「随分ありきたりな答え」と述べられているのですが、主人公が散々もがいて、最終的にこの考えにたどり着くというのが重要なことですね。
ただ、この考え方が全てではないということも、作中で描かれていました。
登場人物の一人に、ロックスミスという天才科学者がいます。この人が正に、主人公とは対極の位置にいるような人物です。
自らを「宇宙船しか愛せない」と語り、自らが指揮した実験によって多くの部下を失っても、顔色一つ変えない。
完全に倫理観が崩壊しているような人物です。
一方で「愛」に関しての持論も持っており、最後にハチマキが語る「愛することだけは止められない」というメッセージに対して、「気安く愛を語るんじゃねえ」と毒づく場面がありました。
立場が全く逆の意見を、物語の最後で登場人物に言わせているというのが、本当に印象的な作品でした。
ココがポイント
心理面の描写、思想的な話が中心。読者に解釈が委ねられる場面も多い。
アニメ版プラネテス
2003年に放送されたアニメ版は、原作マンガとは大幅に異なります。
ストーリーやキャラクター等、基本的な軸は一緒です。そこにアニメオリジナルの登場人物を登場させたり、ストーリーを追加したり、原作マンガを再編集した構成になっております。
こういったことをすると、原作ファンから「余計なことをするな!」と批判されがちですが、『プラネテス』は違います。
アニメ版も超絶面白いです!
アニメ版の『プラネテス』は、あの『コードギアス』で有名な谷口悟郎が監督を務めています。つまり、名作確定ということです。
マンガもアニメも傑作というのは、メディアミックス作品の理想的な在り方だと思います。
私はマンガから先に読んでいたので、
「このエピソードめちゃくちゃ盛られてる!」
「ここでその話が挿入されるのか!」
といった、原作との違いを楽しむことができました。
原作マンガと同様、ハチマキの葛藤である「自分とは何者か?」といった哲学的な問いも描かれますが、マンガ版と比較すると分かり易い表現になっていたと思います。
総じて、エンタメ的な面白さが色濃くなっているという印象でした。
エピローグも原作とは異なっているので、原作を読んで知っている方にも、是非見て欲しいですね。
マンガ版との違い
相違点は多々ありますが、一つだけ挙げるとするなら、“仕事を描いている”ということでしょうか。
マンガ版にもそういった要素はありましたが、「仕事」という面で強い印象を受けたのは、アニメ版です。
原作からの大きな変更点として、主人公たちが所属している宇宙企業が、より明確な形で登場しています。
係長、課長といった役職に就いている上司もいて、基本的にはおちゃらけている人が多いのですが、中間管理職としての判断に苦悩する話などもあり・・・。
全社会人にとって刺さる内容になっています。
特に私が好きなのは、第1話でフィーさんの言う「お金になんなくても、誰かがやらなきゃいけない仕事なのよ」という台詞です。
本当、そうですよね・・・。
日々の仕事の中で、つい腐りそうな気分になったときに、いつも思い出しています。
ココがポイント
マンガ版に比べて、よりエンタメ的。特に社会人は必見。
あと、原作マンガもアニメ版も、第1話が素晴らしいというのは共通しています。
マンガ版の第1話の内容は後の話に差し替えられていて、アニメの第1話はマンガとは全く違う話となっているのですが、これが本当に素晴らしい。
あまり興味を持てない人でも、せめて第1話だけは見て欲しいですね。
統括
最初にマンガ版の『プラネテス』を読んだのは、確か高校生のとき。
スマホで「短くて面白いマンガ」を調べていたら、この作品にたどりつきました。
宇宙ゴミの回収業者が主人公ーその設定に惹かれ、迷わずAmazonでポチりました。
最初の感想
物語を読んで、最初に抱いた感想は「これ正直、面白さ分からねえな・・・」というものでした。
読む前に抱いていた作品のイメージと、実際に物語で描かれる内容が、あまりにも乖離していたからです。
思ったほどデブリは拾わないし、主人公は勝手にもがいて苦しみ、でも何かよく分からない内に自己解決して、最終巻はほとんど主人公が出て来なくなり・・・結論:愛は勝つ。
それって、なんなん?と思いました。
当時はガキだったので、登場人物の行動原理が全然理解出来ませんでした。それらを一々解説するような作品でも無いですからね。
再購入して、思ったこと
それから長い時間が経ち、1年ほど前に電子書籍で『プラネテス』を再購入しました。
読み直してみて、ようやく作品が理解出来るようになりました。
「プラネテス、めっちゃオモロイ!」
そう感じることが出来たのは、自分が社会人になって、色んな苦悩・挫折を経験して、はじめて主人公:ハチマキの感情が理解出来るようになれたからです。
何者かになりたかった
私は正直、ハチマキのような「自分の宇宙船を購入する」という大きな夢はありません。
それでも、「何者かになりたい」とか「ここではない何処かに行きたい」という願いは持っています。今でも、そう思っています。
でもそれは、決して簡単に叶うことではなくて、退屈で単調な仕事を積み重ねて行かなきゃいけない時もあります。
そんなとき、社会で活躍している同期、既に結婚して家庭を築いている友人を見て、焦りを覚えます。
「俺は一生、今のままなのか・・・?」と。
それではいけないと思い、2020年に友人と目標達成のグループをつくり、自分なりに足掻きました。
はじめてブログを立ち上げて、分からないことは都度ネットで調べて、仕事が終わって帰宅したら少しでも記事を書いて・・・。
ジムに契約し、自宅でも土日は筋トレをする等、「なりたい自分」を目指しました。
時間をつくるために、当時やっていたSNSのアカウントも削除しました。
いつの間にか、これまで遊んでいた友達との交流も、ほとんどやらない様になって・・・。
転職活動も行い、カジュアル面談等を受けたこともあります。
目標の為に、自分なりに色々捨ててきました。そうすることでしか、自分の行きたい場所には辿り着けなかったから。
そうやって日々を過ごしていっても、自分にはどうすることも出来ない現実がありました。
「なんで、こんなことになってしまうんだろう」と苦しみました。
そんなとき救いになってくれたのは、自分の周囲に居てくれた人たちでした。
自分の人生は、自分一人の力だけで生きていきたかった。
でもそれは、強い人間の一つの生き方であって、そうじゃない生き方が間違っている訳ではない。
そのことを思い知らされました。
『プラネテス』を再読したとき、ハチマキの葛藤している姿が自分と重なりました。
生きていれば、人は誰しも現実と理想のトレードオフに苦しみます。
それでも前に進まなきゃいけない。とても辛いことかもしれないけれど、支えてくれる人がいるというのは、本当に幸せなのだと思います。
私にとって『プラネテス』という作品は、「当たり前だけど見失ってはいけないこと」に気づかせてくれる作品です。
あと、何十年もの時間が経った未来でも、人は自分の生き方に悩み続けるんだなーと思いました。
この悩みに苦悩しながら、ときには惑いながら、自分で決断するのが人生なんだろうな、と。
多くの人々にとっても、そうであることを願っています。
余談
作者である幸村誠先生は、現在『ヴィンランド・サガ』という作品を連載されています。
ヴァイキングが活躍していた、11世紀のアイスランド周辺を舞台にした歴史物のマンガです。
暴力が正義という世界で、「それでも人を殺すな」というメッセージ性を真剣に描いたマンガで、こちらも非常に面白いです。
ただ、15年間連載して未だ完結していない(既刊25巻)のと、暴力をテーマにしているので割とグロめなのが、あまり人にオススメしにくいところです。
2019年に待望のアニメ化がされ、2021年にはシーズン2の製作が発表されたので、こちらも楽しみですね。
とてもクオリティの高いアニメですので、気になる方はアニメから入るのもいいかもしれません。
(まあ、シーズン2ではヴァイキングじゃなくて農業やるんだけどね・・・。)
以上、余談でした。
紹介した作品
『プラネテス』 著:幸村誠