©角川コミックス・エース/綾辻行人、清原紘
【書評】超常現象ホラー×本格ミステリ
『Another』シリーズの解説
日本の夏の風物詩は、風鈴、スイカ、怪談話・・・色々ありますよね。
今年の夏も終わりに近づいておりますが、少しでも季節感を味わっていただく為、
今回は「怪談」にちなんだ小説を紹介します。
ホラーミステリの人気シリーズ、『Another』の書評をさせて頂きます。
致命的なネタバレは避けますが、ある程度ストーリーを紹介します。
全くの初見で作品を楽しみたい方は、ブラウザバック推奨です。
ホラー作品は世の中に色々とありますが、皆さんはお好きでしょうか?
紹介しておいてなんですが、私は普段、ほとんどホラー作品を鑑賞しません。
元々、あまり得意な方ではないですし、
「何故お金を払って怖い思いをしなきゃならんのだ」という気持ちになります。
ホラー作品が好きな方は申し訳ありません。
でも割と、ホラー好きな方って世の中にいますよね。
意外と、女性でも好んでよく見るという方も。
そういう人の前では、割と強がったりします。薄っぺらいプライドです。
ホラー、サスペンスといった刺激的な作品・・・確かに、たまに見る分には面白いのかもしれません。
普段の日常では感じることのできない、スリルな作品に触れることは、
手軽に非日常体験を味わうことができる手段です。
人生には時々、そういうスパイスが必要な時もあります。
話のネタにもなりますからね。
Anotherとは?
著者はミステリ好きで知らぬ者はいない、綾辻行人先生。
特に有名な作品は『十角館の殺人』でしょうか。新本格ミステリーの中心的存在です。
『Another』は2009年に単行本が発売されてから、外伝作品、
そして2020年に本編の続編となる『Another 2001』が発売されている、ロングセラーの作品です。
漫画化、アニメ化、実写映画化もされていますので、知名度は高いと思われます。
綾辻先生の作品の特徴としては、「叙述トリック」を扱う作品が多いということですね。
『Another』シリーズも例に漏れず、小説でしか出来ない手法・トリックが作中に仕掛けられています。
超常現象的ホラーと、本格ミステリーが高い次元で融合されているのが、
『Another』の大きな特徴であり魅力です。
あらすじ
・・・ミサキって知ってるか。三年三組のミサキ。それにまつわる話。
1998年の春。
主人公:榊原恒一(サカキバラ・コウイチ)は中学3年生になったばかりの少年。
ある事情により、東京から『Another』の舞台となる「夜見山市」に転校することになる。
市立病院にて、物語における最重要人物:見崎鳴(ミサキ・メイ)と運命的な出会いを果たす。
そして転校先の学校にて、彼女を取り巻く「呪われた教室」に足を踏み入れることになるー。
キーワード
◎三年三組
恒一が通う「市立夜見山北中学校」のクラス。
クラスメイトからは“呪われた三年三組”と呼ばれているが、物語の序盤では詳細が明らかにされない。
かつて、死んだクラスメイトを一年間「そこに“いる”者」として扱った結果、
卒業写真に死んだ筈のクラスメイトが映り込んだという、不気味な噂があるが・・・?
◎見崎鳴
『Another』におけるアイコニックなキャラクター。
漆黒の髪、白蠟めいた肌、左目の眼帯が特徴の、中性的な美少女。
三年三組に在籍している様だが、恒一以外のクラスメイトは彼女の存在を知覚していない。
ーというより、「必死でその存在が“いない”様に振る舞っている」ようにも見える。
授業を無断欠席しても、先生からのお咎めもなし。名前が呼ばれることも決してない。
まるで、この世に存在していないかのように。
三組に存在し、死んだクラスメイト:“ミサキ”とは何かしらの繋がりがあるのか?
あるいは、彼女自身が・・・?
続・あらすじ
『Another』の前半は、「三年三組で何が行われているのか」ということと、
「見崎鳴は何者なのか」という2つの謎に焦点が当たります。
見崎鳴を取り巻く環境、クラスに充満している違和感。
転校してきた主人公はクラスメイトから、“見崎鳴には関わらないように”と度々仄めかされます。
しかし、恒一君は周囲の静止を強引に振り切って、その正体を突き止めようとします。
校内で見崎鳴を見かけた際は、必ず接触を試みる恒一。
基本的には冷ややかにあしらわれて、肝心なことを何一つとして聞き出せないのですが、
彼はめげません。
時には帰りがけに尾行し、彼女の家を突き止めようとすることも。
この主人公のストーカー染みた執念が、ある意味では作中一番のホラーかもしれません。
「“いないもの”の相手はよせ。ヤバいんだよ、それ」
恒一が転校して1ヶ月程経過した5月の下旬。
定期試験を受けている最中に、あるクラスメイトが死亡する悲劇が発生します。
その内容が凄惨なもので、「階段で転んだ拍子に、投げ出された傘の先端が首に突き刺さる」という、
通常は起こり得にくい事故。
当然、三年三組のクラスメイトは動揺し、怯えます。
「これはただの事故ではない。」
「始まってしまった。」
ただの事故ではないとしたら何なのか。一体、“何”が始まってしまったのか。
今度こそ、恒一はクラスメイトから事情を聞き出そうとしますが、
依然として詳細を話してはくれません。
そして、見崎鳴も同様の反応を示します。
今も知らないままなら、いっそ何も知らないままでいるべきかも、と。
「“それ”が始まってしまったから。だから・・・」
ここからは『Another』のネタバレあり
何が行われていたのか。
季節は6月になり、またしてもクラスメイトの関係者が死亡する事態が発生。
1人は、病死。ある1人は、姉がエレベーター内の事故で命を落としてしまった。
「確実に何かが起きている」ということは自覚する恒一。
彼なりに学校内の事情を調べていたところ、突然クラスメイトの反応が変化します。
- これまで自分に話しかけてきたクラスメイトも、自分の存在を無視しているかのような態度をとる。
- 担任の先生に挨拶しても、何の返事もしない。
担任の先生含めて、クラス全員から一斉に総スカン状態です。
中学生には余りにも酷い仕打ち。
一体、何が?と訝しむ恒一。必然的に、一つの解答にたどり着きます。
「自分の今の状況は、見崎鳴と同じ」だと。
見崎鳴はいる、確かに存在する。
けれども、まわりのみんながみんなして、
“見崎鳴なんて生徒はここには存在しないかのようにふるまいつづけている”。
ここにきてようやく、見崎鳴が事実を教えてくれます。
現象 <災厄>
“それ”が起こってしまうとー始まってしまうとね、その年の三年三組では毎月、必ず一人以上の死者が出るの。
全ての始まりは、かつて死んだ三年三組の生徒:ミサキの死を受け入れられなかったクラス全員が、
一貫して「ミサキは生きている」という“ふり”をし続けたことでした。
そのことが引き金となり、三年三組というクラスが「死者を招き入れる器」のような場になってしまった。
それから毎年ではないにせよ、
三年三組のクラスの人数が、誰も気づかないうちに<もう一人>増えているという、
不思議な現象が発生します。
簡単にこの現象の内容をまとめると、
- <もう一人>増えている誰かは、かつてこの現象で死亡した死者である。
- 名簿も記録も、人の記憶も、全て辻褄が合うように調整される。
- 死者が現れた年は、クラスの関係者(本人、両親、兄弟、祖父母)の誰かが毎月一人以上、何かしらの原因で死亡する。
- 死者は生前と変わらぬ実体を持っていて、死者であるという自覚はない。死者が誰かを直接手にかけて、死なせている訳でもない。
- 三年三組を卒業したと同時に死者は消滅し、次第に死者が存在していたという記憶は薄れていく。関係する記録や記憶も元通りになる。
あーもうめちゃくちゃだよ。
作中でも「超常現象」という言葉で説明するしかない。
明確な論理や理屈、科学的要因は、何一つ分からない概念です。
「死者がその場に存在することで、“死”に近付きやすくなってしまった」としか言いようがない。
一つだけはっきり言えるのは、誰かの悪意はどこにも存在しない、ということ。
とはいえ、クラスの関係者が黙ってやり過ごす訳もなく、
この災厄染みた「現象」に対する措置が図られます。
対策
「クラスを本来あるべき人数に戻してやればいい。数の帳尻を合わせてやればいい。
それでその年の<災厄>は防げるっていう・・・そんな“おまじない”」
現象が起きてからの20数年間、何度かこの「現象」に対する策を講じようとします。
そして、唯一効果のあった対処法がありました。
増えた<もう一人>の代わりに、誰か一人を<いないもの>にしてしまう。
クラスの人数を強制的に、適正な数にするというものです。
そして、今年の<いないもの>に選ばれたのが、見崎鳴でした。
事情を知らない恒一に対しても、同じ対応がなされます。
見崎鳴は、昔死んだミサキとは偶然“名前が一緒”というだけで、本来「現象」とは何の関係もない。
風変わりではあるものの、ちゃんと血の通っている等身大の少女でした。
普通の女の子というには、教壇で人が自らの喉を切り裂いて、
クラス中が大パニックになっても動じない、鋼すぎるメンタルを持っておりますが・・・。
その後の物語
<いないもの>であるはずの見崎鳴を、榊原恒一が<いるもの>として扱ってしまった為に、
“おまじない”が効かず、「災厄」が始まってしまった。
真実は違っていたのですが、クラス全員がそう推察します。
見崎鳴は<いないもの>である為に、5月から転校してきた恒一にはタイミングが掴めず、
上手く説明できないという背景がありました。
そして、<いないもの>を二人に増やすという苦肉の案が実行されますが・・・
それでも「災厄」は止められず、7月になっても死亡者が発生します。
何が行われているか知った主人公。
ここから、「始まってしまった“現象”を止める手段はあるのか」という方向で物語は動いていきます。
- 「現象」を止める手段はあるのか?
- クラスに紛れ込んでいる「死者」は誰なのか?
- 恒一と鳴は、無事に三年三組を卒業することが出来るのか?
是非、作品を読んで確かめてみて下さい。
総括
記事の冒頭でも説明した通り、
『Another』シリーズは「現象」というホラー要素もありつつ、
「死者は誰なのか?」というミステリ要素を楽しむことができる作品です。
といっても、前提として「超常現象」というオカルト染みたものを作品で扱っていて、
記録や記憶も都合良く調整されるのだから、推理しようがないだろう。
・・・というのが読者の意見だと思います。確かに、その通りです。
ただ、作品内で提示される「現象」の法則を充分に理解していれば、
「死者」の存在を特定できる構成になっています。
作者が設定している「縛り」の中で、登場人物たちの背景を知っていくと、
一つの真実にたどり着くことが出来ます。たった一つの、切ない真実に。
「死者」の正体が明らかになる最終局面で、
物語全体に仕掛けられていた「叙述トリック」の内容も明かされます。
気付けなかった読者は世界がひっくり返るような衝撃を味わえますし、
気付いていた読者も、何処に伏線が仕掛けられていたのか楽しむことが出来ます。
荒唐無稽のような設定を扱っている『Another』ですが、
物語の展開はしっかりとしたロジックがありますし、
作品全体に満ちているダークで美しい雰囲気が好きで、私のお気に入りの小説になりました。
「“死”はね、優しくなんかない。
暗くて、どこまでも暗くて、どこまでも独りっきりなの。
でもそれって、生きていても同じよね。
いくら繋がっているように見えても、本当は独りきり」
シリーズが完結されるのかどうかは未だ分かりませんが、首を長くして待っていようと思います。
最後に、『Another』の続編となる作品も簡単に紹介させて頂きます。
『Another エピソードS』
ヒロイン・見崎鳴が夏休みに“幽霊”と出会う話。
物語の時系列としては、『Another』のラストの舞台である、クラス合宿の直前。
今年の「現象」が恒一と鳴によって解決された後、
鳴が恒一に「不思議な体験」として話をするところから、鳴の回想として物語が始まる。
あくまで外伝とはいえ、過去に起きていた「現象」や、
『Another』のその後の様子に触れることが出来るのがファンにとって嬉しいところ。
本編の「現象」とは無関係の出来事である為、バタバタと人が死んでいくことはなく、平和(?)な世界。
鳴ちゃんが実は自転車に乗れないという、萌え要素が追加された。
「今日は特別に認めます」に続く名言、「却下します」が生まれたのもこの作品。
『Another』程の衝撃的な展開はないが、作品特有の叙述トリックは健在。
作中に登場する「比良塚想」が次回作の主人公となり、
3年後の「現象」に立ち向かうこととなるー。
『Another 2001』
「現象史上、最凶の年」と呼ばれた年度の物語にして、シリーズ最新作。
再び「災厄」に巻き込まれた登場人物達が、読んでいるだけで気分が悪くなるような、
嫌な死に方ばかりする。もう勘弁してくれ、と何度も思った。
2001年の時代設定の為、「世界同時多発テロ」等の時事ネタも扱われている。
前作に引き続き、見崎鳴が登場。
中学校を卒業しているので、物語の立ち位置としては主人公の「相談役」程度と予想していたが、
『Another』と同等以上に活躍する。
『Another 2001』でも主人公の相棒であり、ヒロイン役をしっかり担当した。
相変わらずメンタルがお化け。
本作では「死者」が誰なのか、最初から分かっている設定。
どういう風に話が展開されるのかと気になっていたが、最後まで読むと「なるほど」といった感じ。
物語の真実には途中で気づいたが、それでも話の続きが気になって、グイグイと引き込まれてしまう。
大ボリュームの物語だが、スラスラと最後まで読み切ってしまった。
紹介した作品
『Another』
漫画版『Another』(全4巻)