【要約】任天堂の社長が残した言葉『岩田さんはこんなことを話していた』

2020年10月25日

©ほぼ日刊イトイ新聞

【書評】人のことを考えなければ、経営者にはなれない。


 

岩田さんの言葉

岩田聡さんは「任天堂」の代表取締役を務められた方です。

2002〜2015年の在任期間、ニンテンドーDSや、Wiiのような大ヒット作を開発されました。

 

私は、今でもそうですが、任天堂のゲームが大好きでした。子供の頃に同級生と遊ぶときは、ニンテンドーDSで「おいでよどうぶつの森」、Wiiで「スマッシュブラザーズX」を友達の家まで持っていって、一日中遊んでいたものです。

遊んでいたゲームでエンディングを迎えると、最後に流れるクレジットに“エグゼティブプロデューサー(製作総指揮)”という肩書で、Satoru Iwata という名前が必ず表記されていました。なので、子供心に「この人が任天堂の社長なんだな」と思った記憶があります。

 

任天堂の社長になるほどの人物ですから、ゲーム業界では知らない人はいない位の存在です

「マリオ」や「ゼルダ」シリーズをつくった宮本茂さんは、岩田社長と頻繁に交流する機会があり、週に一度は一緒にランチに行っていた仲だったそうです。

また、「スマブラ」シリーズを手掛けている桜井政博さんも、自分の仕事に一番影響を与えた人物として、彼の名前を挙げています。

 

その岩田社長が、2015年、55歳という若さで亡くなられたときは、世界中の任天堂ファンに衝撃を与えました。当時のMiiverse(任天堂の提供するコミュニティツール)では、彼への追悼と感謝のメッセージを伝える投稿で溢れていたと聞きます。

 

「ニンテンドーダイレクト」というゲームの広報動画や、Webに掲載されている「社長が訊く」というゲーム開発に関するインタビュー等、任天堂の広告塔という活動も積極的に行っていた方です。

私は「社長が訊く」シリーズが好きで、よく読んでいました。だから、彼の訃報を知ったときは悲しかったです。もちろん、直接お会いしたことはありませんでしたが、本当に偉大な人物だったと思っております。

 

今回紹介させて頂くのは、そんな岩田さんが残した言葉の数々を、一冊の本に編集したものになります

あらすじ:任天堂の元社長、
岩田聡さんのことばをまとめた本です。

ほぼ日刊イトイ新聞に掲載された
たくさんのインタビューや対談、
そして任天堂公式ページに掲載された
「社長が訊く」シリーズから重要なことばを抜粋し、
再構成して1冊にまとめました。

天才プログラマーとして多くの名作ゲームを生み出し、
任天堂の社長としてニンテンドーDSやWiiなど
革新的なゲーム機をプロデュースした岩田聡さんの、
クリエイティブに対する思いや経営理念、
価値観、ポリシー、哲学などが凝縮された本です。

引用:Amazon紹介ページより一部抜粋

 

任天堂という、日本が世界に誇れるような会社で、トップを務めた方の思考・理念を大変分かりやすくまとめている本です。ビジネス本とは違うかもしれませんが、経営者でなくとも、ビジネスマンなら読んだ方が絶対に良いです。

私が任天堂のファンだということを差し引いても、素晴らしい内容でした。

 

 

本の内容

本書は、概ね以下の内容に沿って進められます。

  1. ヒストリー
  2. リーダーシップ
  3. 個性
  4. 信じる人
  5. 目指すもの
  6. 第三者から語られる人物像
  7. 総論

『岩田さんはこんなことを話していた』というタイトル通り、内容の7〜8割は岩田さんの言葉です。

学生時代のアルバイトとしてプログラミングをやっていた経験から、「ハル研究所」という会社に入社して、「ハル研究所」の社長になった経緯。そして、任天堂の代表取締役に任命されてから感じたこと。

 

全て、岩田さんの経験から語られている内容になっていて、全編を通して分かりやすい言葉で書かれているものの、その言葉には確かな“重み”があります。一つ一つの言葉に、ハッとさせられるような感覚を味わいました

 

 

感想

読んでみた感想としては、岩田聡さんという人物はとても謙虚な人だなという印象を受けました。

この本を読む前は、ゲーム業界における天才プログラマーであり、ひたすらに凄い人という認識しかありませんでした。岩田さんには、今でも語られる伝説のエピソードがあります。『MOTHER 2』というゲームの開発における話です。

 

伝説のエピソード

『MOTHER 2』というゲームは、コピーライターである糸井重里さんが関わっており、そういう意味でも有名です。この『MOTHER 2』は早い話、開発が破綻していました。

着手し始めてから4年が経過したとき、当時ハル研究所の社長だった岩田聡さんは、開発段階のゲームを見て、こう言います。

「今あるものを活かしながら手直ししていく方法だと2年かかります。一からつくり直していいのであれば、半年でやります」

結果的には、一からつくり直す方法で取り掛かり、そこから1年で『MOTHER 2』の制作を完了させることができました。

ただ、どちらの選択でも、岩田さんはやるつもりだったそうです。やり方を現場に選ばせたのは、「自分は後から参加した人間だから、一からつくり直すことに納得できない人もいるだろう」と、先に開発していたスタッフを尊重してのことでした。

 

岩田さんは開発で行き詰まっていた箇所を持ち帰り、そこから1ヶ月でゲームがとりあえず動くところまで組み上げたのです。それを見た現場の人たちは当然、驚きました。後から開発に参加した人が、ひょいっと解決してくれたわけですから。

岩田さんとしては「普通のことをしている」という感覚だったとのことなので、如何に優秀なプログラマーだったのかが伺えます。

(余談ですが、初代スマブラのプログラムを最初に書いていたのも岩田さんです。)

 

ただ、岩田さんは自分が入った1年間だけで、『MOTHER 2』というゲームが完成できた訳ではないと言っています。『MOTHER 2』に詰め込まれている面白さ、味わいは、1年間の即席でできたものではなく、試行錯誤した4年間があったからこそだと。最初の4年間が決して無駄なものではないとしています。

『MOTHER 2』は大分昔のゲームですが、今でも世界中にファンがいることを考えると、その通りなのでしょうね。

 

このエピソードから分かるように、岩田さんという人物はとても優秀なプログラマーであり、周囲への気遣いができる人格者でもあったわけです。宮本茂さんが、本書の中で岩田さんのことを「力があるけど謙虚な人物」と語っていて、私もその通りだと思いました。

仕事一辺倒で、家庭環境を蔑ろにしていたのでは、と思われるかもしれません。でも、岩田さんが亡くなったときに、息子さんは岩田さんのことを「素晴らしい父親でした」と語っています。息子さんからそんな風に言われる父親が、この日本に何%いるのでしょうか?

 

本当に凄い人だったんだな、と改めて感じました。だからこそ、多くの人々に影響を与えられたのでしょうね。

 

 

経営者としての岩田聡さん

岩田さんの人生を考えると、もの凄いエリートで、輝かしい経歴だと思われるかもしれません。実際に、経歴だけを見ればそうでしょう。ただ、本書で書かれている岩田さんのやってきたことを考えると、単純に順風満帆とは言えないかも知れません。

 

ハル研究所の社長への就任

任天堂の代表取締役になる前、「ハル研究所」に務めていた岩田さんは、社長に就任します。ただ、そのタイミングというのが「ハル研究所」が経営危機の状態であり、広い意味では“倒産”していた時期でした。そんな時期に社長に就任したということは、決しておめでたい出来事ではありません。

社長に就任したのは要するに、経営危機を乗り越える為。責任をとれるポジションに、誰かがなる必要があったということ。

 

そこで抜擢されたのが岩田さんであり、本人も「自分しかいないだろう」と思っていたそうです。岩田さん自身、その頃を振り返ってみて「ある種の極限状態だった」と語っており、同時に“得難い経験”をしたとも言っています。

 

人と向き合うこと

経営危機を解決するため、社長になった岩田さんが最初に何をしたのか。それは、1ヶ月間に及ぶ社員との面談でした。会社を立て直す為に、社長となった岩田さんにとって、一番優先度の高いことが、社員との1対1の面談だったのです。

何故そんなことを?と思われるかもしれません。私は、読んだときにそう思いました。

でも、そういう時期でなければ、会社のトップの人が社員一人ひとりと話す機会なんて、滅多にありませんよね。ひたすら社員と1対1で話をすることで、初めて分かったことが本当に多かったと岩田さんは語っています。こういうことは、当事者になってみないと理解出来ないことかなと思います。

 

結果としては、「星のカービィ」という大ヒット作品を生み出したことをきっかけに、「ハル研究所」は経営を回復することができました。

岩田さん曰く、会社にとって、やった方がいいことは全部やった方がいいに決まっている。でも、それを全部やると倒れてしまうから

  • 優先度をつけること
  • 順番をつけること

それが“経営”だと語っています。全ての仕事というのは誰かの問題解決であり、意思決定の連続ですから、これは真理でしょうね。

また、岩田さんの考える、「入社した新人が大事にすべきこと」が本書に書かれていて、とても良い意見だと思ったので、簡単に紹介します。

 

新人が大事にすべきこと:

飾らないこと

→知らないことを恥ずかしがらない。「分かった振り」をしないということ。

動機や行動に悪気がなく、純粋であること

→素直であれば、たとえ失敗して怒られたとしても、そこから得られる吸収率は大きい。他の人に対してバリアーを感じさせない人は成長が早い。

 

このように、岩田社長の仕事観が本書には多く書かれているので、私にとっては勉強になることが多かったです。その中でも印象に残ったのは、この言葉です。

仕事って面白くないことだらけだけど、面白さを見つけることの面白さに目覚めると、ほとんど何でも面白い。

繰り返しになりますが、岩田さんは任天堂の社長にまでなった人物です。それも、学生時代から夢中になったプログラミングをきっかけに仕事を始めて、そこまで登り詰めたような人物です。私から見れば、大好きな仕事で生きてきたように見えます。

そんな人でも、「仕事って面白くないことだらけ」と言っていたのが、私にとっては衝撃でした。

 

経営者というのは外から見ると、とても格好良いと感じるものです。でも実際には、地味で、大変なことだらけの職業でもあります。

私は一会社員なので、経営についてそこまで詳しくはないものの、経営者の多くが、“実際になってみたら孤独な仕事”と語っているのを知っています。

役職のない会社員でも、大企業の幹部でも、世界的企業のリーダーでも、同じことなのでしょうね。「待っているだけでは、面白い仕事はやってこない」ということは、全ての人に当てはまります。

 

だからこそ我々には、日々の仕事の中に「やりがい」とか「情熱」を捧げられるものを見つける姿勢が大切です

例えば営業職の人であれば、1日に何回アポイントがとれるか記録をつけて、ゲーム化してみるのはいかがでしょうか。

 

 

他者貢献の体現

本書の中では、岩田聡さんと親交の深かった宮本茂さんと、糸井重里さんのお二人が、岩田聡さんという人物について語っています。

両者の意見で共通していたのは、「他者貢献をすることが人生の目的だった」ということです。本の中では少し違う表現をしています。

とにかく、岩田聡さんという人物は、自分の紹介したもので会社が上手く回ったり、皆が幸せになれるようなことを実現させたりすることが好きだったと。

岩田さんの技術力はもちろん凄いけど、それ以上に、人間的な姿勢に魅力を感じたと言っています。

 

先述した『MOTHER 2』の立て直しを岩田さんが行ったとき、自分一人で黙々と行ったわけではないんですね。具体的にいうと、岩田さんにしかできないやり方で問題解決するのではなく、誰もが開発に参加できる環境を先に整えて、スタッフ全員が修正できるような仕組みをつくったんです。

だからこそ、開発に携わった全員が「自分が頑張れば危機を乗り越えられる!」と思えたらしいです。

 

もしかしたら、岩田さんが一人でやった方が、本人としては楽だったのかもしれません。でも、そういうやり方を岩田さんは良しとしなかった。

糸井重里さんは、岩田さんが“全員で危機を乗り越える”という仕事の進め方を提案したときに「嬉しくなった」と言っています。

 

これは私も経験があるからよく分かります。人は、誰かと問題を解決するとき、自分がそこに参加できないと「実力不足で役に立たないと思われているのだな」と感じます。この孤独感は本当に辛いですね。今の仕事ではありませんが、あなたは必要ない、と直接言われたこともあります。

 

 

岩田さんの目指したもの

岩田さんは比類なき実力を持ったリーダーではあるものの、自分のことは後回しにして、全員に配慮する気質を持った人でした。

その根本がどこからきているのかというと、結局のところ、「皆がハッピーであることを実現したい」という感情です。

  • 自分がハッピーであること。
  • 仲間がハッピーであること。
  • お客さんがハッピーであること。

そのことに誰よりも真剣に取り組んでいたのが、岩田聡という人物でした。皆の笑顔が好きだったから、経営理念としても「ハッピー」を増やそうとしていました。

 

実際に、ハル研究所が倒産したとき、岩田さんが面談で必ず聞いていた質問が「あなたは今ハッピーですか?」というものでした。『ONE PIECE』のDr.くれはみたいですね。

そんな風に書くと、悪く言っているように聞こえるかもしれません。でも、自分の信念を実現させることに、骨身を削って取り組むことは、本当にカッコイイことですよね。

これまでの短い人生経験の中で学んだことの一つに、「他者貢献こそが自分の人生を幸せにする」というものがあります。

私も、自分の仕事を通して他者貢献を実現させたい。そういう思いがあるからこそ、毎日を充実させて生きるようになっています。

 

 

言葉は未来へ伝えられる

この本を読んで私が一番感じたこと、それは「言葉というものは未来に残っていくもの」ということです。岩田さんの残した言葉や、仕事のやり方は、今も任天堂の中に残っています。そのおかげで、若い人でも生き生きと仕事に取り組めているそうです。

 

開発は任天堂ではなく、チュンソフトという会社になりますが、私が今まで遊んできたゲームの中で、とても印象に残っている言葉があります。

『ポケモン 不思議のダンジョン 空の探検隊』というゲームの、とある場面です。ネタバレになってしまうので、画像は出せないですが、台詞のみ書きます。

 

俺は生きているときに輝きたい。生きている証が欲しい。輝けばその精神は、きっと未来へ受け継がれると信じている。

(中略)

あいつらの中で俺の魂は生きている。そしてその精神は他の誰かへ受け継がれる。

それが・・・それこそが、生きているってことじゃないのか?

引用:『ポケモン不思議のダンジョン 空の探検隊』より

 

ポケモンの台詞なのかこれ!?って思いますよね。恥ずかしい話ですが、私がプレイした中で一番泣いた作品です。10年以上前に発売されたゲームになるものの、シリーズの最高傑作と言われる程に評価が高く、大勢のファンがいる作品になります。

(サントラ出してくれないかなと今でも思っています。3万円くらいなら払いますよ。)

 

岩田さんの思想や生き方というものは、今もゲームの開発現場において活かされています。それが他の誰かに受け継がれていくということは、まさに上記の通り「生きている」ということです。自分が死んだ後も、誰かに影響を与えるということ。

 

Nintendo Switchのソフトである「大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL」が、日本ゲーム大賞2019にノミネートされたときに、ディレクターである桜井政博さんはこんなコメントを述べていました。

あくまで私個人の話で大変申し訳ないのですがいわせていただくと、『大乱闘スマッシュブラザース』をSwitchで作るというのは、故岩田社長が私に投げた最後のミッションだったりするんですね。草葉の陰で喜んで頂けているとは言いません。人間は亡くなってしまえばそれまでです。ですが、岩田さんから学んだこととして『現在やれることを最大限ふり絞ってやる』ということは、とても大事だと思っています。

引用:日本ゲーム大賞2019、大賞含む5つの賞を「大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL」が受賞

 

岩田さんの意思は確実に、彼と関わった人達に受け継がれていっていることが、よく分かります。

岩田さんを意識されたのかどうかは不明ですが、「大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL」のメインテーマ曲にも、作詞をされた桜井さんの考え方が織り込まれていると感じられるところがあります。

「命の灯火」というタイトルの曲です。

非常に雄大で荘厳なメロディーと、力強い歌声は、シリーズの集大成となるテーマソングに相応しいものであり、公開当初、大きな反響を呼びました。個人的にも大好きな曲です。

 

「命の灯火」はこのような歌詞から始まります。

とりどりの色たちが つむぐ炎の螺旋
果てしなく続いてく 遙かから受け継いだ光

 

一生懸命、自分の信念を貫いて生き抜くことができれば、きっとその意思は未来へ繋がっていくということ。何とも、胸がアツくなる話ではありませんか?

この本から、私はそのようなメッセージを受け取りました。今を生きる全ての人にとって、読む意味はある一冊だと思います。

 

紹介した本

岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。 著:ほぼ日刊イトイ新聞・編

オススメ度:★★★★★

※皆ハッピーになることを目指しましょう。そうすれば人生が楽しくなります。

 

  • この記事を書いた人

イナ

本業は設計者。29歳。書評とコラムを発信する、当サイトの管理人。気ままに記事を更新します。日課は読書と筋トレ。深夜ラジオとADVゲーム好き。

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