©光文社/大鐘良一、小原健右
【書評】人類の代表者は、どのようにして選ばれる?
概要
今回紹介させて頂く本は、2008年に実施された、宇宙飛行士選抜試験のドキュメンタリー作品です。
NHK局員が、初めて宇宙飛行士選抜試験の密着取材に成功し、ドキュメンタリー番組を制作しました(NHKスペシャル「宇宙飛行士はこうして生まれた〜密着・最終選抜試験〜」 2009年3月放送)。その内容を、一冊の本にまとめたものになります。試験の詳細な内容、リアルな空気間を見事に書ききっています。
単純な読み物として読んでも十分面白い内容です。更に、受検者と同じ立場になって
「自分だったらどう答えるだろう?」
「自分ならどう行動するだろう」
と考えながら読み進めていくと、本当に試験を受けているような体験ができます。特に最終面接で必ず聞かれる質問、これはすべての人々に考え続けてほしい問いになります。
選抜試験
宇宙飛行士が世界で最もなりにくい職業の一つだというのは、皆さんもよく御存知かと思います。
まず、日本では毎年毎年、選抜試験が行われません。この本では2008年に行われた宇宙飛行士選抜試験を取り上げていますが、日本では10年ぶりに行われた試験です。そして、この試験を最後に、現在(2020年)まで選抜試験は行われていません。
そもそも、宇宙飛行士の選抜試験を受けられること自体が貴重なんです。
試験の内容
試験条件は、「自然科学系の大学を卒業し、3年以上の実務経験がある」というものです。これだけ聞くと、そんなに厳しい条件ではないですよね?
逆に言えば、それだけ多くの人々が受けることができるということです。実際、2008年の試験では20代〜50代後半までの約1000人の受験者が集まりました。キャリアも、経験も全く違う人たちが、同じ試験を受けるのです。
そして、飛行士として選ばれたのは、たったの3名です。
選抜試験の選考の内容としては、大きく分けて、体力試験、筆記試験、面接試験の3つです。特に健康面については厳しく、何日もかけて体中を徹底的に調べ上げられます。いくら優秀でも、宇宙に行けるまでの訓練期間に病気になってしまっては、意味がないからです。
その次に重要視されたのが、面接試験。面接官はなんと7人もいました。受験者の宇宙飛行士に対する熱意の、「本気度」を推し量るためです。
筆記試験では数学、国語などの5科目は中学入試から高校生までの内容のレベルのものが出題され、一般教養として、政治、地理、芸術など様々な分野から出題されました。
これらによって、受験者の数はおよそ1000人から10名にまで絞られます。ここからの最終選抜試験が、本書の主な内容になっていきます。
最終選抜試験は、一週間に渡り行われました。漫画の『宇宙兄弟』を読んだ方ならご存知かと思いますが、受験者たちは先ず「閉鎖環境施設」と呼ばれるボックスの中で、共同生活をします。このボックスは、宇宙の特殊なストレス環境を再現するために、国際宇宙ステーションをモデルにつくられています。
この中で、受験者は「ディベート」、「ディスカッション」、「ロボット制作」といった様々な課題を与えられます。課題の成果だけでなく、食事や睡眠といった日常生活も審査の対象です。受験者の言動・行動の全てはカメラで記録され、管制室にいる審査員が採点をつけていきます。
最終選抜試験で求められたもの
著者は「人間力」こそが宇宙飛行士に最も必要なものだったと述べています。人間力とは、どんなに苦しい状況でも決して諦めず、他人を思いやり、その言葉と行動で人を動かす力と表現されています。抽象的なので、本書のエピソードを一つ、紹介します。
どうやって困難を乗り越えるか
与えられた課題の一つに、「宇宙飛行士を癒やすようなロボットを作製せよ」というものがありました。この課題は、ロボットをつくるための時間自体が少ない上に、中間プレゼンを行ってくださいという指示が追加で与えられます。
それでも、受験者は皆優秀な方々なので、時間内にある程度完成させ、プレゼンではロボットを実際に動かして説明することができました。
しかし、審査員たちの反応は冷淡なものでした。
「無重力状態でどうコントロールするのか」
「宇宙飛行士のチームは多国籍であることが普通だが、人種や文化の違いの影響を考慮してつくってあるのか」
「意外性がなく、つまらない」
といった、受験者がつくったものを全否定するかのような評価をしたのです。課題の残り時間を考えたら、到底改善しようがない無理難題を突きつけられました。
このときに審査員たちが見たかったものは、明らかに無理だと思われる課題を、どうやって乗り越えるかということです。
宇宙では常に、どんなアクシデントが発生してもおかしくない。宇宙飛行士には普通なら解決できないことを、どうやって解決するかが求められていました。
指摘を受けたあと、立ち尽くすほかなかった受験者の中で、声を上げた人が出てきます。
「できることとできないことを整理しよう。」
この呼びかけをきっかけに、対策に向けての議論が始まりました。実は、この呼び掛けをした人は審査員の厳しい指摘を、全てメモしていました。だから、問題点の整理と、対応すべき方向性を見出すことができたのです。
勇気を持って、自分の意見を言えるか
議論がまとまって、ロボットのセンサーをとって単純化しよう、という話に決まりかけていたときに、異を唱えた人がいました。
「そのセンサーを外してしまえば、ロボットの最大の魅力が失われる」と、安全策をとった全員の流れに反発したのです。この意見をきっかけに、受験者はもう一度検討し直すことになりました。その結果、当初のコンセプトを失うことなく、ロボットを作製することができたのです。
問題解決には、チームを引っ張るリーダーシップと、リーダーを支えるフォロワーシップが必要です。危機的状況下において、このような優れたリーダーシップとフォロワーシップを発揮したのは、後に宇宙飛行士として選ばれる由井亀美也さんと大西卓哉さんでした。
試験の合否を分けたものは、天才的な頭脳や常人離れした身体能力といったものではありません。困難な状況にも耐えうる精神力と、国籍や性別を超えて信頼される人としての魅力です。
問題が起こったときに、自分から解決に向けて動くこと。周囲に反対されてでも、自分が正しいと思った意見を主張すること。
由井さんと大西さんが土壇場で見せてくれた、これらの勇気ある行動は、審査員にも印象強く残ったのだと思います。
宇宙飛行士とは
人類の代表者として、宇宙まで到達し、人類全体の未来を実現させる。
宇宙飛行士という職業はとても夢があり、宇宙好きなら誰もが憧れるものだと思います。しかし、そんな憧れだけでは、とてもやっていけない仕事でもあります。
その理由としては、何よりも「職務中に死ぬリスク」です。
宇宙飛行というのは今もなお、命がけの冒険です。これは誇張でも何でもなく、実際のスペースシャトルでの死亡率が66分の1というもの。航空機での死亡事故での確率(およそ100万分の1)と比較すると、余りにも高い数字であることがよく分かります。
選抜試験を勝ち抜き、長期の訓練を経てようやく宇宙飛行士になれたとしても、宇宙に行くまでに死んでしまうことは十分にありえます。給料の面でも、そんなに多くもらえるわけではありません。世界的に見ても30〜36万円ほどだそうです。命を懸ける職業にしては、安すぎる給料です。
この選抜試験を勝ち抜いた受験者は、医者やパイロットといった職種の方が多く、給料で比較したら、最低でも宇宙飛行士の2〜3倍はもらっているであろう人たちです。生活の安定性を考えると、宇宙飛行士になる必要は全くありません。にも関わらず、選抜試験を受けたのはなぜでしょうか?
譲れないもの
それは、「それでも宇宙へ行きたい」という思いが、リスクを上回ったからだと思います。
お金とか、社会的な地位ではなくて、宇宙に行くという夢に挑戦することの方が、彼らにとっては大事だった。
宇宙飛行士になれなかったとしても、仮に事故で死んでしまったとしても、夢に本気で立ち向かった結果なら悔いはない。だからこそ、危険なことは承知の上で宇宙飛行士を目指したのです。
こういった事実を知って、私も日々の仕事に対する意識が変わりました。
- 今の仕事は年収が半分になったとしても、同じ仕事を続けているだろうか?
- 職務中に死ぬことになったとしても、後悔はないと言い切れるだろうか?
給料・待遇・人間関係など、仕事で重視するものは人によって様々でしょう。もちろん、それらは重要です。でも、自分が心からやりたいことをやっていること。それに勝る幸せなことはありません。
この宇宙飛行士選抜試験は最後の舞台として、NASAでの面接が待っています。そこで、必ず聞かれる質問はこれです。
Why are you here, What brings you here? (君はなぜここにいるのか?)
この問に、自信を持って答えられるようになりたい。私は心からそう思っています。自分の人生に意味を持たせる為に、この問いかけは忘れないようにします。
紹介した本
『ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験』 著:大鐘良一、小原健右
オススメ度:★★★★☆
※宇宙好きでなくとも、面白いと感じると思います。